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東京高等裁判所 昭和43年(う)2828号 判決 1969年10月20日

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

<前略>

原審記録及び当審証拠の結果に徴して按ずるに、所論第二点第四(一)黄色点滅信号に関する解釈適用の誤をいう点は、原判決判示の「黄色点滅の注意信号」というのは、黄色点滅の注意進行信号の誤記であることが記録上明らかであるから、所論理由齟齬の主張は前提において採用出来ない。

同(二)本件交差点が交通整理の行なわれている交差点であるという点は、原判決の「同交差点の信号機は県道二五号線方面が黄色点滅の注意(進行)信号を、同三二号線方面は赤色点滅の一時停止信号を示しつつあつて交通整理が行われていない状態にある」という判断は正当であつて、所論は理由がない。(昭和四三年(あ)第二六〇〇号同四四年五月二二日第一小法廷決定参照)

所論同第三、原判決が道路交通法四二条にいわゆる徐行義務を違法に認めたとの点は、原審検証調書により認められるように、本件交差点は、「被告人の進行道路(県道二五号線)から交差道路(県道三二号線)右方の見透しは、被告人運転の車輛と同型のバス運転席より見て被告人の進行道路の停止線から交差道路右方横断歩道右側端まで7.8米乃至10.3米、被告人が安全を確認したという横断歩道手前から10.3米乃至12.7米にすぎないのであつて、同所の道路がいずれもアスファルト舗装であり、最高速度の規制は二五号線のみ五〇キロメートルであること、交通量が多いこと等の状況に鑑みると、道路交通法四二条にいう左右の見とおしのきかないものに該当すると認めるのが相当である。しかして、被告人の進行道路は交差道路に対し優先道路に指定されているものではなく、又その幅員が明らかに広い場合でもない(むしろ稍狭い。)から、交差道路の信号機が赤色点滅の一時停止信号を示していたからといつて、同法四二条に定める徐行義務は免除されないのであつて、この点に関する原判示は正当であるから所論は理由がない。(昭和四二年(あ)第二一一号同四三年七月一六日第三小法廷判決、集二二巻七号八一三頁参照)。

その余の所論は、本件被告人の注意義務に関する事実誤認の主張に帰するが、原判決認定のように、本件において被告人は、昭和四二年三月四日午後一〇時一五分ごろ大型乗用自動車に乗客十数名を乗せて運転し、鎌倉市長谷方面より藤沢市方面に向かい県道二五号線を進行し、同線が県道三二号線と交差する鎌倉市笛田一六五番地先交差点にさしかかり、これを直進しようとしたが、同交差点の信号機は県道二五号線方面が黄色点滅の注意進行信号を、同三二号線方面は赤色点滅の一時停止信号を示しつつあつて交通整理が行なわれていない状態にあり、しかも同所は左右の見とおしが困難な場所であつたが、被告人は約三〇キロメートル毎時の速度をもつて交差点内に進入し、交差点中央の手前七、八米のあたりまで進出し、折柄右三二号線上を被害者が自己の運転する自動二輪車に外一人を同乗させ、右方大船方面より左方腰越方面に向つて赤色点滅信号を無視し、一時停止をしないで交差点内に進入してくるのを右斜前方約15.6米の地点にようやく発見し、衝突の危険を感じて急制動措置をとつたが、既に遅く、交差点中央附近において自動前部を自動二輪車の左側面に衝突させたというのであつて、原判決は、被告人に対し、右三二号線上の左右から交差点内に進入してくる車輛との衝突事故を未然に防止するため、そのような車輛の有無、動静など左右の交通に注意し安全を確認しながら進行すべきは勿論万一衝突などの危険を認めた場合直ちに停止、避譲しうるように適宜減速し徐行すべき業務上の注意義務があるにかかわらず、これを怠り左右の交通の安全を十分に確認せず漫然約三〇キロメートル毎時の速度をもつて交差点内に進入し交差点中央の手前七、八米のあたりまで進出した過失を認めたものであるところ、記録に徴するに、被告人は右交差点に入るに当り横断歩道手前附近で前後左右の安全を確認し且つ自車の約二〇米位先を先行する軽四輪車が交差点を通り抜けるのを見乍ら、約四〇キロメートルの時速を約三〇キロメートルに減速して交差点に進入したのであつて、進入の時点において被告人は、交通安全確認の義務を尽し黄色点滅信号に従い注意進行を行つたものと認められるが、道路交通法四二条にいう徐行義務を尽したものとはいえない。しかもその徐行義務違反行為が本件事故の結果と条件関係にあるものともいい得る。しかし被告人に道交法違反の所為があるからといつて被告人の行為が直ちに原判決摘示のように刑法上の業務上過失に当るかどうかは更に考えねばならない。蓋し道路交通法四二条は一般的危険予防のため特定の場所における徐行義務を課しているのであるが、その違反行為が同時に個別的な業務上の過失行為に当るかどうかは、道交法違反の評価とは別に被告人の行為につき具体的に過失の有無を論じなければならないからである。

記録によれば、被告人は交差点に進入後横断歩道から約二メートル位の地点において、大船方面からの被害車のライトの光芒を認め、大船方向からの道路は赤色点滅信号であるから一時停止をしなければならないのであるが、あのようなスピードで或いは一時停止をしないかも知れないと感じ、更に1.35米進行したところ辺りでブレーキを踏み停車しようとしたが、丁度その時右斜前方15.6メートルの処即ち交差点手前の大船方面横断歩道左側端あたりを自車の前を横切ろうとするような状態で走つて来る被害車を発見し、ブレーキをかけると共にクラクションも鳴らしたが被害車はそのまま六〇キロメートル位の時速で前進して来て、被告人がブレーキをかけた地点から7.45メートル前進した被告人車に衝突したのであつて、以上の事実によれば、被告人は、被害車のライトの光芒を認めた時点において既に被害車に対し優先通行権(道交法三五条三項)のある左方の道路から先に交差点に入り優先進行(同法同条一項)中の状態にあつたのであり、前記のように交差点に入るに当り被告人は交通安全を確認し被害車の存在を認めなかつたことと合わせ考えると、前記の状態にあつた被告人としては、その時点において、徐行義務に違反しているとはいえ、被害車が一時停止の信号を無視して暴走し、被告人車の進路を妨害するようなことまで予測し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務を負うものではないものといわなければならない。蓋しこの状況において徐行義務違反の故に特に被害車の法規違反による異常な事態の生ずることまで予測しなければならないという新らたな注意義務が生ずるものとは認め得られないからである。

又前記のように被告人が被害車のライトの光芒を認めた時被害車の暴走の予見をしたということが前記認定を左右するものとは考えられない。被告人は既に交差点に入つた後ライトの光芒を見て危惧し直ちに応急の措置をとつたというに過ぎず非難すべきいわれはない。

してみれば原判決が本件被告人に対し前記のような刑事責任を認めたのは事実の認定を誤つたものであり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるからこの点において原判決は破棄を免かれない。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法三九七条一項三八二条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決する。

本件公訴事実は、被告人は自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四二年三月四日午後一〇時一五分ごろ大型乗用自動車(相模二二三二〇)を運転し、鎌倉市笛田一六五番地先の交通整理の行なわれている交差点を長谷方面から藤沢方面に向かい直進するにあたり、同所において前記交差点の信号機が黄色の注意信号を点滅しており、かつ左右の見とおしが困難であつたから、徐行して左右道路から進入する車両の安全を確認すべき注意義務があるのに左右の安全を確認せず、時速約三〇キロメートルで進行した過失により右方から進行してきた松木清士(三三年)運転の自動二輪車に自車前部を衝突させ、左斜前方約一〇メートルに二名をはねとばし、よつて同人に頭部打撲脳挫傷等の傷害を負わせ昭和四二年三月五日午前二時四〇分鎌倉市長谷二二五番地片山外科医院において死亡させ、同車に同乗中の細屋武治(三二年)に頭蓋底骨折等の傷害を負わせ、前同医院において昭和四二年三月五日午前六時に死亡させ、自車に同乗中の長塚幸子(二八年)に加療約五日間を要する左膝挫傷等の傷害を負わせ、同じく長塚規江(二年)に加療約一四日間を要する左膝挫傷等の傷害を負わせたものである、というのであるが被告人の業務上の過失を認めるに足りる証拠がない。

よつて刑事訴訟法四〇四条三三六条に則り被告人に対し無罪の言渡をすることとし主文のとおり判決する。(脇田忠 高橋幹男 環直弥)

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